安倍晋三の後釜と目される【稲田朋美】とは。
伊勢志摩サミットにおいて、「リーマンショック前と似ている発言」以来、安倍晋三は手のひらを返したメディア勢に、半ば抹殺されかけている。
ネット上では「稲田朋美」なる女性議員の名前が挙がっているが、総理候補かどうかはともかく、こいつは明らかに人格破綻者である。
自民党政調会長・稲田朋美氏は、「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」(注1)という教えを説いた谷口雅春氏を「ずっと自分の生き方の根本」においてきたという。
稲田氏が次期総理になれば、日本国民の「霊魂進化の最高の宗教的行事」として戦争を開始する可能性は高い。集団的自衛権はそのための不可欠の道具となろう。
人間が地球上で起こす最も下世話で、残酷な争い(戦争)が、人間の霊魂進化にとって最高の行事とは。
こんな人格破綻者を、生き方の見本にするとは、稲田さん。アンタは見た目も去ることながら、頭もおかしいのか。
どうやら自民党はどうしても戦争を始めたいようだ。そうでしょう?麻生さん。
【信頼】とは何か。時にその言葉は、暴力的な側面を持つ。
信頼、信頼関係。社会人であれば嫌でも耳にする使い古された言葉である。
因みに私は、こと利害が渦巻く「企業」において、この言葉を軽はずみに使う輩を、心から軽蔑している。
利害が前提の世界で「信頼」とは、即ち自らの利益へ大きく貢献した(する可能性のある)人間に対して贈られる言葉となる。
企業の責任は利潤の追及である。つまりカネだ。
カネ儲けに貢献する(した)人間は、たとえその人間がどんな人格であろうとも信頼されるのだ。
また、この「信頼」とは本来、対象となる人間双方の「信頼関係」によって成り立つべきである。
しかし、精神性の低い人間達で構成された企業はどうか。
残念ながらそこには、「信頼関係」は無く、上が下を「信頼」出来るかどうか。この暴力的な一方向の論理で、○と×に選別される。
信頼とは、相互に作用してはじめて成立するものであるという、易々たる原理原則を理解できない経営者やマネジメントラインは、いずれ大きく足元を救われることとなるだろう。
そして企業においての「信頼」は、家族や友人間におけるそれとは、全くといっていいほど性質の異なるものであり、同一の括りで考えるべきではない。